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三文芝居

日々の戯言を列ねていきます。
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Miniature Garden《7》

男は跪く私を見下ろして言った。

魔人、だと。

緑色の瞳がくるくると回る。
浮かぶのは愉悦か。
それはまるで、気に入りの玩具を手に入れた子どものような。

魔性ゆえの美貌にか、生理的な恐怖感からか、腰を折ってこちらを覗き込む男を茫然と見上げていると、耳まで裂けた口を開いて男が囁く。

「さあ、口は塞いではいない筈だぞ?」

スルリと耳に入り込むテノールは甘美な旋律。
私は促されるままに震える唇を開いていた。

「…リュー、ノ」
「上出来だ」

最後は掠れた喘ぎのような音にしかならなかった名前を聞いて、男は大層喜んだようだった。
男はパッと私の顎を掴んでいた手を離すと、くるりと向きを変えて正面扉へ向かう。
カツカツと高い音を立てて踵を踏み鳴らしながら歩く様は威厳に満ち満ちていて、先の倒れ伏していた気配など微塵も感じられない。

「どうしたヤコ。早く来んか、…このウジムシが」

その美貌に反して、性格は最悪のようだ。



「ちょ…痛いですって!離してください、自分で歩けます!」
「五月蝿い、騒ぐなカナブンの分際で。カメのような貴様の歩みに合わせていては我が輩はいつになっても食事にありつけん」
「だからって、頭!中身出ちゃいます!」
「勝手のいいように入れ直してやる」
「いやああああっ、」
「そら、静かにしろセミ」

リューノは悲鳴を上げたヤコを放り投げると、埃を払うようにレザーグローブを着けた手を打ち鳴らした。

「うう…痛い…膝打った…」

打ち捨てられたヤコが顔を上げると、目の前には聳える廃墟の尖塔。

「ここ、は…?」
「まもなく、ここで殺人事件が起きるぞ」
ニヤリと、猫のように細められた緑色が降り注ぐ月光に煌めくと、静寂の中でかすかな衣擦れと倒れ伏す物音が響いた。



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Miniature Garden《6》

月明かりに輝く薔薇窓を背景に、十字架の天辺に立つ人影にヤコは戦慄した。

あれは、人間ではない。

直感だった。
神の象徴に足を掛ける、なんて罰当たりな行為が出来る人間など殆ど居ないし、何より、アーチ状に広がる天井から吊り下げられた十字架の周りには、足場など無い。
鉄製の鎖を鳴らさずに、地上10メートルの高さまでジャンプ出来る人間がどこに居ると言うのか。

「どうした?ああ!ミジンコには人間の言葉が通じなかったか」

紡がれる声色は先日の。

「我が輩、探したのだ。貴様を」

男はそのまま足を踏み出した。どうやって登ったか知らないが、何度も言うように男の立つ十字架は宙吊りである。
勿論天井壁画を隠してしまう無粋な梁などというものは有る筈がないので、男の行く先は、当然床まで一直線コースだ。
ヤコは固く目を閉じ、響くであろう不快な音に備えた。
が、

「主人の話を無視するとはどういうことだ?躾がなっておらんな」

至極楽しそうに笑う男は十字架の足の側面に立っている。

「なん…で。そんなところに」
「おや?貴様、我が輩が人間ではないと分かった上でその質問か?」

男はクツクツと喉を鳴らして、こちらを見下ろして嗤う。
そして、ひらりと足を離して私の前に降り立つと、顎を掴んで私の顔を覗き込んだ。

「我が輩は魔人。地上の法則になど縛られん」
「ま、じん?」
「さてヤコよ、我が輩の食事を手伝って貰おうか。さあ、呼ぶがいい!我が名は…リューノ。リューノ・ジムノーアだ」



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Miniature Garden《5》

ヤコは乱れた呼吸を整えてシスター・アヤの私室の扉を叩いた。礼拝の時間をとうに過ぎた聖堂の脇を通り、上位司祭の居室区へやって来たが彼女はもう休んでしまっただろうか。しかしヤコの心配を余所に、アヤはすぐに扉を開けるとにこやかにヤコを招き入れた。スツールにヤコを座らせて飲み物は何がいいかと問う。

「いえ!すぐにお暇しますので、どうかお構いなく」
「あらそうなの?それじゃあ…はい」

アヤ様は甘く湯気の立つマグカップを私に差し出した。

「ただのホットミルクよ。あとは蜂蜜とブランデーが少々」
「…ありがとうございます」

私が来るのを見越していたのだろう。私が座るとすぐにマグカップに注がれたミルクは、ほんわりと甘く温かく夜気に冷え切った体を解かしていく。

「あの…すみませんでした」
「何のことかしら?」

アヤ様は私の前に腰掛けると、緩やかに首を傾げた。

「倒れてしまって…きっとご迷惑を、」
「ああ、そのこと」

私の言葉を遮り、アヤ様は細い指でマグを弄ぶ。

「…」
「安心して。迷惑だなんて思っていないわ。困った時はお互い様よ」

アヤ様は優雅に微笑んだ。

「ただ、どうしてああいう風になったのか、教えてくれれば対処の仕様もあるけど…」

アヤ様は極めて穏やかに私を見つめた。私はいたたまれなくて、俯いて唇を噛んだ。

「誰だって他の人に傷を見せるのは辛いものだわ。だから今はゆっくり休みなさい。早く元気になることが、今の貴女の仕事よ」
「…はい」

それからアヤ様は私がカップの中身を飲み干すまで歌を歌い、暇を告げると送ってくれるとまで言い出した。

「そんな!大丈夫です!だって教会ですよ?何も有るはずありませんし、もう時間も遅いですし」
「そのセリフ、そっくりそのまま貴女にお返しするわ」
「あ…ぅ、あの、私聖堂に寄ってお祈りをしたいので…」
「こんなに遅いのに?」
「はい。これから帰っても寝られないと思って」
「そう…。わかりました。でもあんまり根を詰め過ぎないようにね。あそこは冷えるから」
「はい。長々とお邪魔してしまってすみませんでした」
「いいのよ。貴女が元気になって良かったわ」
ふわりと微笑んだアヤ様は、やっぱり聖母のように綺麗だった。



淡い月光が薔薇窓から差し込んだ聖堂は、いつにも増してその荘厳さを際立たせている。
ヤコは説教台の前で、掲げられた十字架に向かって跪いた。胸の前で両手を組み、深く首(こうべ)を垂れる姿はまるで赦しを乞う咎人に似ている。

(神様…)

ヤコは必死で内心に巣くう恐怖を沈めようとしていた。

(大丈夫、大丈夫。もう、大丈夫だから)

紡ぐ言葉は祈りというより自分に言い聞かせるためのもので、震える体は最早恐怖に拠るものなのか、凍えた代償なのかすら自分でも判らなくなっていた。

「何をしているのだ?」

突如として響いた声に驚いて顔を上げる。
しかしそこには誰の姿もない。

「…空耳?」

思いの外大きく響いた自分の声に身を縮こまらせながら、ヤコは周囲に首を巡らした。

「ミジンコ、どこを見ている?」

今度こそ聞こえた声を頼りに視線を上げる。と、高い天井に届くほど巨大な十字架の上にその人は立っていた。



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Miniature Garden《4》

覆い被さる大きな体。私の腕を片手でひとまとめに押さえつけて、どんなに抵抗してもびくともしない。口を塞がれて声も届かず、涙で濁った暗闇にナイフの白刃が閃いた。

「―――っ!!?」

ヤコは喉が詰まったように、声にならない悲鳴をあげて目を覚ました。
呼吸は忙しなく、激しい動悸に身を縮めてうずくまる。決して柔らかくはない枕に顔を押し付けて涙を誤魔化そうとするのは、ヤコが泣いていては同室のアカネに要らぬ心配を掛けてしまうから。もっとも、アカネも自分がヤコを気に掛ければ、ヤコは頑なに傷を隠そうとするので敢えて当たらず障らずの距離を保っているのだが、ヤコはそれを知らない。

ポンポン

誰かが肩を叩く。涙が治まるのを待って顔を上げると、思った通りの人物がこちらを覗き込んで微笑んでいた。

「アカネちゃん…」

アカネちゃんはピラリと私に紙片をさしだした。

[紅茶淹れたけど、飲む?]

きれいな読みやすい文字は書いた人の性格を顕しているようで安心する。

「…うん」

無理に作った笑顔にも、ふんわりと湯気のように微笑んですぐにテーブルを引き寄せてくれる。アカネちゃんはコトリと紅い液体の注がれたカップを私の前に置くと、またサラサラと何かを書き出した。

[大丈夫。ここに居れば神様が守ってくれるよ]

読んで、カップに口を付ける。温かい紅茶はほんのりと甘く、喉を落ちると胃から全身にぬくもりが染み渡る気がした。

[だから、いつかでいいから、ヤコちゃんの心を教えて?全部じゃなくても、少しだけでも、分かち合ったら楽になると思うから]

文面からアカネちゃんの気持ちが沁み出して来るようで、思わず目を逸らした。
私はまだ、自分に向き合う覚悟もないのに…。

「アカネちゃんは…」

俯いて、紅に映る鏡像を見つめる。不細工な、泣きそうな顔の女が自嘲っていた。

「強くて、優しいね」
「…」

私はカップを置いてベッドから降りた。クロゼットを開いて修道着に着替える。
鏡は見ないようにした。また、あの醜い貌が浮かんでいるかと思うと、おぞましさに叫び出してしまうかもしれない。

「アヤ様に謝ってくる」

シスターベールを被って振り返る。今度はちゃんと笑えているだろうか?例えそれが偽りでも。

だけど、逃げている今のままじゃ、神様にお仕えする資格もない。

「私、アカネちゃんみたいに強くないや」

吐き捨てるようにしてドアノブに手を掛ける。
ごめんね。
まだ話せそうにないよ。
でも、

「いつか私の話、聞いてくれる?」

私は返事を聞かずに部屋を出た。夜の冷めた空気が、私の澱んだ思考を押し流してくれることを期待して、聖堂への通路を駆け抜ける。



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Miniature Garden《3》

「シスター・ヤコ?どうかしましたか?」

私の悲鳴と同時に響いた声に、二人して動きが止まる。

「ヤコさん?入りますよ」

返事が無いのを不審に思ったのだろう。ガチャリと扉が開いて蒼い瞳のシスターが入って来た。バッチリ目が合ったのは、決して間違いなんかじゃない。

「アヤ様…」
「あら。あらあらあら…お邪魔だったかしら。ごめんなさいね。アカネさん、行きましょ」

一体何を思ったのか、バタンと閉じられる扉。これではさっきと変わらない。

「ああああ!ま、待って下さいシスター!これには訳が!」

私は必死に叫びながら、やっとのことで男の下から這い出てアヤ様に追い縋った。

「アヤ様お願いします。話を、」
「ええ、聞きましょう。アカネさんはミスターにお茶を、あなたは私の傍においでなさいね」
「はい、シスター」



「それではミスター、先程は一体どうしてあんな状況になったのか説明してくださいますか?」

シスター・アヤは部屋に備えられたスツールを2脚引き、私を隣に座らせて穏やかな目で男を見据えた。
ベッドに腰掛け、こちらに向き直った彼は肩を竦めて答えた。

「いえ、そちらの貧s……華奢なお嬢さんを物盗りと勘違いしてしまいまして。怖がらせてしまって申し訳ありません」

さっきとまるで違う、猫を撫でるようないかにも好青年な声に私は目を丸くした。けれどアヤ様はそれに気づいてはいないようだ。当然だ、あの場にいたのは男と私だけだったのだから。

「いえいえ、そんなことはございませんわミスター。ただ、ここは教会ですから神に背する行いは控えた方が宜しいと思いますよ」
「その様ですね」

無意識に握り締められていた手首をなぞる。大きくて、強くて、私がどんなに暴れたところでびくともしない、男の人の、手。

<暴れるなよ、お嬢ちゃん>
<かわいい顔だ。怪我したくないだろう?>

ゾクリと背筋を這い上がってくるのは、恐怖。寒気がする。

「教会は貴方を保護しました。貴方がどんな身の上であれ…例え追われる身で在ろうとも、教会内での安全は保障します。但し、ひと月の間だけですが」
「ひと月?」

震えが全身に拡がる。寒い。寒い。寒い。

「教会は神の家。救いを求める全ての方に手を差し伸べますわ。ですが、それに甘えていてはいけません。世間に出て真っ当に生きるもよし、困難な道に立ち向かうもよし、もちろん神にお仕えするもよし。その後の身の振り方を考える期限がひと月、と言うことですわ」
「なるほど!働かざる者喰うべからずと言いますからね」
「その通りです。ですから、どうか心穏やかにお過ごしくださいね。このお部屋はお好きに使っていただいて構いませんので」
「ありがとうございます、シスター」

頭上で穏やかな会話がなされるなか、私の呼吸だけがどんどん乱れていく。
息が出来ない。苦しい。
震える手を修道着の詰め襟に引っ掛けて、少しでも束縛を緩めようとした。

<大丈夫、すぐに終わるさ>

爪の先が喉に触れただけで脳裏に閃く光景に吐き気がする。
嫌だ嫌だ嫌だ!誰か助けて!
お願い誰か!
助けて!―――!

「…コちゃん!どうしたの!?」

シスター・アヤが私の顔を覗き込んでいる。心なしか驚いているようだ。どうしたんだろう?

「ア…ヤさま」
「どうしたの?具合が悪いの?」

シスター・アヤは私の肩を揺さぶって尋ねている。そんな苦痛に歪んだ顔をしていても綺麗な人は綺麗なんだな、なんて脳の片隅で思う。でも、やっぱりアヤ様は聖母のように微笑んでいる方が似合うから、私は残った気力を振り絞って笑ってみせた。

「…いえ。だいじょ、ぶ…」

倒れる寸前、懐かしいエメラルドが煌めいた気がした。



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HN:
紫藍夕亜
性別:
女性
自己紹介:
最近、某様のおかげで紫藍(桃兎)夕亜が定着しつつある妄想だだ流れの管理人。

現在超絶不親切不定期更新中。
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