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三文芝居

日々の戯言を列ねていきます。
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派生の⑥

注:根暗ロ



「ねえねえ、見て!あの気だるい感じのなんとも言えない色っぽさ」
「ホント!おやつれ具合がまた」
「でもでも!最近は誰が行っても遊んでくださらないのでしょう?」
「確か…沙依をお相手になさって以来だったかしら?」
「ええっ!?ネウロ様ったらそういうごシュミだったの?」
「ねえ!朱寧、どうなの?」
川の畔で洗濯をしている朱寧を囲んで、若い精霊たちが姦しくさえずっている。
「う、んー…そうね。確かに最近は洗い物が減りましたよ」
敷布とか、肌着とか。
「や~ん!ネウロ様どうしちゃったの!?」
「まさか…不の」
「いやああああああ!止めて止めて!」
「さぁさぁ、邪推はいいから手伝ってくださいな。夕方には雨が降るそうだから」
朱寧は盥いっぱいの洗い物を抱えて振り返る。
ネウロ自身は風評に頓着する方ではないのだが、それ以上は背びれや尾ひれのみならず角や足まで付きかねないと判断し、朱寧は乙女の会話に水を差した。
単純に、彼女の良心からの行動である。
娘たちは、はぁい。とよい子の返事をして木々の枝に洗い物を通した紐を渡していく。
風の娘たちが布の林を飛び跳ねながら巡り、花の化身たちがそれを撫でながら歌うと、春の薫りを大いに含んで洗濯が完了するのだった。

主殿の窓外にやかましいほどの女たちの悲鳴混じりの会話を聞きながら、ネウロは欠伸を洩らした。
例の一件以降、あの少娘が我が胸に占める割合が増えた。
否。
既に多すぎて溺れそうになっているというのに、後から後から途切れること無く溢れてくる。
もう、余っている場所など無いのに。
渦巻く想いが思考を、体を麻痺させて、動くことすらままならない。
「……」
「随分と浮かない顔をしているのね、ネウロ」
入り口でそう問うて阿耶が入ってくる。
「……何用だ」
「あら、ここは用が無ければ来られない場所じゃないわ」
「当然だ。…天帝(ちち)の代理で在らせられる天后の御来訪を拒める者がどうしてこの島に居りましょうか?」
「……素晴らしい棒読みだわ、ネウロ。それに用ならちゃんとあるわよ」
困ったような仕草で肩を竦め、豪奢な着物の裾を引き引き長椅子に歩み寄ると、ネウロの肩に手を触れた。
「かつては人の女だった身から言わせてもらうとね、ぶつかってみるのもいいものよ」
「……」
「それに、凰の件は」
「ご助言傷み入ります。しかし……」
ネウロは言葉を切って、顔を伏せたまま立ち上がる。
阿耶の手を逃れ、堂室を出る刹那足を止めて吐き捨てた。
「貴様には関係ない」

ネウロの歩みは速い。
それは単に尺が平均より長いせいでもあったが、今日は普段の3割増で苛立っていたからである。
御殿の前で洗濯物と戯れる乙女たちに目もくれず、森の下草を踏みしだき、暫く歩いて小さな湖に出た。
「沙依」
特に用は無いが、主を呼ぶ。
返事は無い。
「沙依は此処には居りません、ネウロ」
「藍爲か」
沙依の代わりに雨滴の女が音もなく現れてネウロの後ろに立った。
「…外界は、まるで貴方の為に存在しているかのような有り様でしたよ」
藍爲は薄く笑みを浮かべると、いつものように唐突に話を切り出す。
「どういうことだ?」
「どこぞの呪者が力を誇示しようとあちこち破壊して回っているようです。愚かなことですが」
「そうか」
雨と共に世界を廻る女は、時に外の様子を教えてくれる。
水の眷属たる彼女が自発的に言を発することは珍しく、どうやら沙依の機嫌が良いらしい。
「ネ~ウロっ!」
小さな、草を踏みしめて駆ける足音が聴こえたと思うと同時に、後ろから抱きついた体は軽い。
「なになに~?寂しくなって俺に会いに来た?」
あからさまな喜色を声に載せて、沙依は我が輩を下から覗き込む。
「フン。天地がひっくり返るな」
「ちぇー。何だよ、つまんねーの」
別段用がないと答えれば口を尖らせて身を翻し、己の従者に飛びついた。
「藍爲~、ネウロがいじめる~」
「それは仕方がありません。彼は飢えた子どもなのですから」
藍爲は柔らかく沙依を抱き留めると、さらさらとその頭を撫でる。
沙依は猫のように体を擦り付けて藍爲に甘えてみせた。
その姿に数日前の贋娘の媚態が重なって、ほんの少しだけ鳩尾の奥が痛みを訴える。
あれは、少娘の華奢な体を抱き寄せているのは何故我が輩ではない―――。
「飢えた、ね。なるほど、読んで字の如くって感じだ」
振り返り、沙依は訳知り顔でニヤリと笑う。
「まあ?いつでも相手してやるから慰めて欲しかったらおいでよ。待っててやるよ―――この顔で」
沙依はあの娘に顔を変えると、艶(いろ)を添えて典雅に微笑んだ。

「必要ないな。二度と」
ネウロは遠くを見るように目を細めて答えた。
今度こそ、間違えなかった。
沙依ではない。
あれは沙依では足り得ない。
只是弥。
貴様だけだ。

ネウロはクルリと踵を返すと、居殿に戻るために足を出した。
「あ」
沙依の僕が声を上げると、二対の瞳が彼女を見やる。
「ん~?なに、藍爲?」
「いえ。……先日、この顔に似た娘を見たなと」
「何だと?」
ネウロは、外界の様子に知らず声を荒げる。
「へぇ~、珍しいじゃん。藍爲、そういう話ちっともしないから外のことなんかすぐ忘れちゃうのかと思ってたよ」
心底感心したように沙依が口を開くと、藍爲は軽蔑の眼差しを主に向けた。
「貴方と一緒にしないでください」
従者の辛辣な一言に打ち拉がれた沙依は、蒼褪めた顔でヨロヨロと水際にしゃがみ込んだ。
それを尻目に、ネウロは掴み掛からんばかりの勢いで藍爲に詰め寄る。
「どこで見た」
「東州の沿岸近い邨(むら)で」
返事を聞いて複雑な心地に襲われる。
確かにあの娘に出会ったのは山から海が見渡せる場所だった。
会いたくない。筈がない。
幾夜夢に見て過ごしたことか。
会って、この手で触れて、抱き寄せられたらどんなにいいだろうか。
しかし、この体はあの頃とは似つかないほど変わってしまった。
きっと、『烏』には思えない。
「しかし…」
雨雲の紫を髪と瞳に宿した女が柳眉を顰めて顎に手をやる。
「何だ」
「呪者たちが襲撃していたのは沿岸地方でしたから…」
全身の血液が凍りついたようだった。

「…なんで教えちゃったんだよ~」
血相を変えて跳び去ったネウロが進んだ方向に目を向けながら、沙依は恨みがましく頬を膨らました。
「望んだのは貴方ですよ」
まるで意に介さず、涼しい顔で藍爲は沙依の隣に腰掛ける。
「え~?」
「彼が遊んでくれなくなったら困るのでしょう?」
非難の目を向ける彼に視線を合わせ、ゆっくりと口端を上げる。
「…あー…うん。ダメだな、藍爲には適わないや」
沙依は降参とばかりに髪をかき混ぜ、ポテンと藍爲の肩に頭を預けた。
「お誉めに預かり光栄です」
二人の周囲を風が駆け抜け、終わりかけの霜の季節を連れ去っていく。


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紫藍夕亜
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女性
自己紹介:
最近、某様のおかげで紫藍(桃兎)夕亜が定着しつつある妄想だだ流れの管理人。

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