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三文芝居

日々の戯言を列ねていきます。
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その感情の名は

スゥ、と浮上した意識に覚醒を認めて瞼を開く。
けだるさをそのままにまばたきを数度。
疾うに夜の境界を踏み越えた室内を支配するのは闇。

(寝ていたか…)

ネウロは壁に掛かった時計を確認する。
時間はもう9時を回るところだった。
人間界の闇は脆弱過ぎて、魔人の眼を盲(めくら)にすることなどできはしない。

(そうだ。魔界の闇はもっと深く、纏わりつくように粘着質で…)

ふと、昔語りを話すべき相手はどうしているのかと思い、指定席であるソファに視線を移す。

(…帰ったか)

求めた姿はそこになく、荷物も認められなかった。

(…起こせば、いいものを)

なんとなく、本当になんとなく、チリと胸の奥が焦げ付いたような感覚。
時間は有り余るほどに長くあり、ここで眠ってしまった以上この躯は夜を越えて終(しま)うまで睡眠を必要としない。
加えて今夜のような十七夜を過ぎたばかりの満ち欠けの曖昧な月夜は謎が発生しにくいらしい。
パソコンも点ける気になれず、椅子に深く身を沈める。

「………ん、ん」

胸の辺りから聴こえたむずがるような声に視線を移すと、淡い闇のヴェールに彩られた金茶の頭がジャケットに頭を押し付けていた。
暫くして、漸く落ち着ける場所を見つけたのだろうヤコは、しっかりと我が輩に体を預けて夢の中に堕ちていく。
ああ、と我が輩は睡魔に腕を引かれる前を思い出した。

(帰りたいと言い出したので条件を出したのだった)



「我が輩にキス、できたら帰ってもいい。だだし額や頬はダメだぞ。唇に、だ。簡単だろう?」
「……ええ~~…」

キシリと音を立てて、背中を深く預けながら目を細めてやる。(人間にはこの表情は「誘っている」ように見えるらしい)
案の定、ヤコも例に洩れず赤い顔をして「あ、ぅ…」と口ごもりながら、チラチラと扉に視線を泳がせた。

「ヤコ」

名を呼べばビクリと肩を震わせて、こちらに向けられる眸(ひとみ)は疑惑と困惑の色をしている。
気を好くした我が輩は中指をクイクイと動かして、ヤコを手招いた。
ハッとして逃げようとするのに合わせてフライデーに鍵を掛けさせれば、泣きそうな顔をして我が輩を見つめる。

実に好ましい。

「ヤコ」

再度呼び掛けると観念したように重く重く動く足。
ソファを回り込み、トロイを迂回し、身構え手を組み一歩一歩と進む様は、さながらヴァージンロードを歩く花嫁の如く。

フム。それでは我が輩は新郎役か。

随分な少女趣味だと自嘲すれば、尚更に目の前の小娘が顔をしかめる。

「…な、何よ?」
「何、式の日取りは当然仏滅に限ると思ってな」
「ハァ?」

怪訝な顔で首を傾げたヤコの腕を曳くと、然したる抵抗もなく飛び込んでくる体。
軽過ぎて、貧相で、僅かにも目を離そうものなら瞬く間に泡沫と消えてしまうのではないかと思う。

どうして、と。

何故、こんなにも儚く脆い体で生まれてきたのだ。
何故、魔人として生まれてこなかったのだ。
何故、我が輩が目を付けた先に居たのが貴様だったのだ。
何故、貴様でなければならなかったのだ。

何故、なぜ、ナゼ。

「さ、センセ。帰りたくないんですか?僕は大歓迎ですが」
「ばっ…かなこと、言わないでょ…」

横抱きにするように抱え上げて、膝をアームに乗せると、そら、不安定に耐えられずに腕を回してしがみつく。
そのまま覗き込むと、恥ずかしがって肩に顔をうずめる。
頭に血が上っているのだろう。
吐き出される吐息ばかりでなく、押し付けられた額も熱い。

「ヤコ」
「…」
「帰らないのか?」
「………だって、」

このまま、時が止まればいい。
ぬくぬくとヤコの熱だけを感じて、日がな一日安穏と過ごすのも悪くない。

謎と、ヤコさえ在ればいい。

…はて、いつからそんな風に思うようになったのだ?
我が輩は、魔界生物だというのに。

「ネウロ…」

掠れた声に目を落とせば、上気して頬を桃色に染めたヤコがこちらを見上げている。
覚悟が宿った瞳にこちらの眼こそが灼かれて、不覚にも少しだけ狼狽えた。

このままでは、帰ってしまう。

「もう、いい」
「ネウロ?」

ぎゅうと、締め上げるようにヤコの背に腕を回した。

「っ、…ちょっとネウロ?苦し…」
「帰るな」

縋るように強く強く。
しかし、決して壊れてしまわないように。

「帰るな」

からかいたいだけではなかった。
帰したくなかった。
だからこそ、ヤコにはできそうでできない方法を取らせたのに、人間は瞬く間にその壁を越えようとするのだ。
いとも容易く壁を越えて、我が手を離れて、逝くのだ。

「ねぇ、ネウロさ…私のこと帰したくなかっただけ?」
「…だったらどうだと言うのだ」
「それなら、一緒に居たいから帰るなって言ってくれればいいのに」

微笑む気配に顔を上げると、頬に温い感触。

「あんたがそう言うなら、まだ帰らない」

はにかむヤコに、なぜだか灼け付くような焦燥感が満たされた気がして、もたれかかるヤコを抱き留めながら目を閉じた。



ネウロの腕の中で安らかな寝息を立てる孤高の魔人に変化をもたらした少女は、子供のような様相で睡夢の世界をさまよう。
魔人はいつになく穏やかな気分で、抱き締めたヤコに接吻けを降らせて夜をやり過ごすのだった。



+++++
私的ネウロの自覚直後。
手ぇ早いな(笑)


お知らせ>>>
リアルが多忙(国試とか国試とか国試とか)なので、7月いっぱい更新停滞します。
いや、止まるのはいつもだけど。


私信>>>みぅ姉たま
お祝いとか!
いいんですか!?
じゃ、じゃあ、チャイニーなネウヤコ話をひとつ。
時代とかシチュエーションとかは全部お任せします!

…そしたら絵付けよう。



おまけ***

「ぅんん…?」

ヤコが小さく呻いて覚醒する。

「起きたかミジンコ」
「ネウ、ロ?」

目の前には青くてゴワついた見なれた生地。
寝ぼけた頭で、好きな相手に抱きしめられて横になっているんだと思ったら、なんだかもう無性に嬉しくて甘えるように摺り寄った。
いつもなら虐待のひとつも有るはずなのに、それどころかもっと強く慈しむみたいに抱き込まれて髪を撫でられる。

「ネウロ…」
「ヤコ…」

幸せだなぁと思ってふと時計を見ると、短針は7と8の間、長針は6を指している。
「ねえ、時計、合ってるよね?」
「合わない時計を置いて何になると言うのだゾウリムシ」
「じゃあ、ネウロは、ずっと起きてたよね?」
「惰眠ばかり貪る貴様と一緒にするな」

ぜんぜんどこ吹く風、なネウロにさすがに頭にキて泣き叫んだ。

「うわああああん!ネウロの馬鹿ぁっ!起こしてくれたっていいでしょ!?遅刻するじゃん!」

お風呂入ってないとか、朝帰りとかあり得ない!

「我が輩の知ったことではない」
「もう知らない!あんたなんて大っっっ嫌い!」

ネウロが硬直したのを視界の隅に収めながら私は事務所から飛び出した。



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紫藍夕亜
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最近、某様のおかげで紫藍(桃兎)夕亜が定着しつつある妄想だだ流れの管理人。

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