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三文芝居

日々の戯言を列ねていきます。
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オーダーメイド


捏造万歳。



目を開けて、一番最初に目に入ったのは白。一点の曇りも無く、どこまでも優しい乳白色。私が着ているワンピースも、今まで眠っていたクッションも、シーツも、目に付くものは全て同じ色。ほこりとした柔らかい生地にくるまって再び眠りの縁に誘(いざな)われると、微睡んだところに不意に届いた小さな声。慌てて跳ね起きて周囲を見渡すと、遥か遠くに黒い染み。
「なんで!?」
ベッドを飛び降りて駆け出す。早く早く、あの子のもとへ。足取りは軽く、あっと言う間に彼に追いついた。
「ネウロ!」
黒い衣(きぬ)に包まれた小さな背に呼びかける。自分の名前は分からなかったのに、彼の名前は知っていた。不思議に思ったけれど、彼の名を呼べることの方が嬉しかった。
「一人で遠くまで行かないでって言ったでしょう?」
「我が輩、この向こうに行ってみたいのだ」
「まだダメ。だから帰ろう?ネウロ」
「いやだ!」
クスクスと笑いながら駆け出したネウロは、私が確実に追いかけて来ることを知っている。
「こら!待ちなさいネウロ!」
私は彼の予想を裏切ることなく、ヒラヒラと翻る黒いシャツを追いかける。幼子の彼と私の体格差はおよそ2倍。まもなくネウロはこの、守るには不向きであろう細腕に収まった。
「ほら、捕まえた」
「狡いぞ。貴様、羽根を使ったではないか」
「羽根?」
驚いて振り返ると、確かに私の背中には大きな乳白色の翼があった。
「うわ、ホントだ」
「反則した貴様はこうだ!」
ネウロは腕の中で私に向き合うと、ギュッと私にしがみついた。随分と擽ったいお仕置きだと思ったその時、
「うひゃっ!?っちょ…や、ネゥ、やめ…ひぁ…ははは、んゃあ、ちょっ、ホン…にゃぁあああ」
「苦しめ愚か者」
ネウロの小さな右手が背中に廻って、翼の付け根を擽る。左手で私の服を掴んで振り解かれないようにしているけど、私はもう力が入らなくて息をするのがやっとだ。
それに、この腕がネウロを離すわけがないのだから、やっぱり私に勝ち目なんて微塵もないわけで。
しばらくして息も絶え絶えになった私が倒れ込むと、ようやく小さな五指は私を解放した。
「ヤコ」
「は…は…、なに?」
「なぜ我が輩に構うのだ?」
黒目がちな大きな瞳をくるりと回してネウロは首を傾げた。私は深呼吸を1つ吐くと、ゆっくりと起き上がり彼と視線を合わせた。
「…何でかなぁ?でもさ、1人より2人の方が良くない?」
「なぜだ?」
「寂しくないし、それに楽しいでしょう?」
「確かに退屈はしないな」
「それからね、」
私は幼子の柔らかい体に腕を伸ばす。ネウロは抵抗すること無く私の首にしがみついた。
「こうすると嬉しくなるよ。ちゃんとネウロの心臓の音が聞こえるもの」
「ああ、貴様の胸が骨と皮ばかりだからか?」
「ほっといてよ!うるさいなぁ。そうじゃなくて、ちゃんとネウロが生きてるって判るから」
「なんだ?それでは貴様は生きていないようではないか」
「…そんなことないよ。私はネウロのものだからここにいるんだもん」
「我が輩のもの?」
「そう。ここを出るまで、ここの全てはネウロのものだよ」
「ならば我が輩外に行きたいのだ」
「それはダメ。あと少しの辛抱だから、ね?」
「…わかった」
渋々、本当にそんな様子でネウロは頷いた。
「いい子だね、ネウロは」
くしゃりと柔らかな金髪を撫でると、彼はくすぐったそうに笑った。

この、どこまでも淡いばかりの空間のただ1人の主はネウロで、そのネウロが幸せに、健やかに過ごすための手助けをするのが私に与えられた唯一にして絶対の使命。いつか、外の世界で生きるための力を蓄えるために私が溢れるほどの愛情と優しさで満たしてあげるのだ。誰にも望まれずに生まれる子どもがいないように、たったひとかけらの優しさを糧に生きることができるように、私が、望んであげるのだ。
「どうか、ネウロが幸せでありますように」
「なんだヤコ、それでは我が輩が不幸のようではないか」
「そんなことないけど、ネウロは不幸だと思うの?」
ネウロが不服そうに頬を膨らましてそっぽを向いた。私が膝を付いて彼の両手を取ると、彼は伺うようにこちらを向いた。
「いや、貴様がいるから我が輩は不幸ではないぞ」
小さな口から飛び出した珍しく素直な言葉に、私の方が面食らってしまった。
「…ありがとう」
少し照れくさく思いながら礼を述べると、ネウロは猫のようなワル~い笑顔で両手を伸ばした。むにっと両頬を掴んで、グイグイと力任せに引っ張る。
「ぃイライ、イライ!ほっぺた千切れちゃう!」
「そんなわけがあるか。子どもの力だぞ」パチンと突然解放されて涙目で睨み付けると、彼は天使の笑顔で微笑んだ。
「我が輩、とても幸せだ」

ここでは時間というものは酷く曖昧で、眠くなったら眠り、遊びたければ遊ぶだけ。一体どれほどの時間が経ったのか、あとどれほどの時間が残っているのかも分からない。ただ、時が満ちるのを待つばかり。
「ヤコ、一体いつになったら我が輩は外に出られるのだ?」
「もう少しだよ」
「貴様はいつもそればかりだ。我が輩待ちくたびれたぞ」
「ごめんね。こればっかりは私にもどうにもできないや」
「フン、役立たず」
役立たず、そう言ったネウロが少し寂しげに見えて胸が痛んだ。そんな顔をさせたいわけじゃないのに、どうすることも出来なくて、ただ、彼を抱き寄せた。
「ねぇ、ネウロはどうしてそんなに外に出たいの?」
「…ここは、窮屈だ。息が詰まりそうになる」
「そうだね」
ネウロがどんな人の下に生まれ落ちて、どんな扱いを受けるのかは私の知るところではない。私に許されているのは『届ける』ことではなく、『送り出す』ところまで。どんな力を使っても、ネウロを守ることだけが私に許された唯一の自由。
「外は、どんなところなんだろうね?」
「ここよりも狭くなければどんなでも構わん」
「そうだね」
ネウロは寝そべりながら私の腰に腕を廻して離れようとしない。あふ、と大きな欠伸をしてはむずがり、中々眠らず我慢している。ポンポンと背中を叩いてやると、幼子は存外簡単に睡魔の腕(かいな)に堕ちていった。ヤコはクスリと微笑むと羽根を毟ってネウロの頭上に振り撒いた。するとふかふかな羽根布団が小さな体を覆い尽くし、安寧たる眠りへと導く。

いっそここで共に果ててしまえたら、どれほど幸福(しあわせ)なことだろうと思う。永遠に、誰にも邪魔されず、ただ2人手を取り合っていられたら。

近付く別れの足音に身を震わせながら、私は背中の羽根を毟る。安らかな寝息の主を起こして仕舞わぬよう、一片ひとひら祈りを込めて乳白色の欠片を降らせて。キラキラと七色の光子に変貌した羽根はネウロの体に染み込んでいく。還って行く、主の元へ。どんな祝福よりも甘く、どんな慶賀よりも温かい祈りをその身に纏って旅立つネウロを、私はありったけの愛情を込めた笑顔で送り出してあげるのだ。
ああ、それはなんて温かい色をした未来。
だから神さま、どうかもう少しだけ、この時間を止めないで。

始まりと同じく、終わりも突然だった。
いつものようにネウロお気に入りの罰ゲーム付き鬼ごっこの真っ最中、爆発音と共に床に紅い魔法陣が浮かび上がった。
「ヤコ!ヤコ!なんだこれは!?」
「…」
とうとう来てしまった定刻。私は魔法陣を見つめながらネウロの紅葉の手を取った。
「ヤコ?」
「さ…行こうか、ネウロ」
にっこりと笑ってやると硬直する体。
「どうしたの?ネウロ」
「どうしたのだヤコ?貴様おかしいぞ!」
「おかしい?どこが?」
「全部だ!」
ネウロは泣きそうな顔で私の足元に縋った。引っ張って叫んでいれば全てが元に戻ると信じているかのように。
「ネウロ、大丈夫だから一緒に行こ?」
縋る小さな頭をくしゃりと撫でてやる。ネウロは品定めするように訝しげに私を見上げ、やがてゆっくりと頷いた。
「いい子だね、ネウロは」
ネウロのきれいな顔は痛みをこらえるように歪んだ。

「ヤコ、これは一体なんなのだ?」
「さあ?私も初めて見るから…」
「…」
「でも、これに入れば外に出られるよ」
「!?」
「ほら、ネウロ」
「いやだ!」
「ネウロ?」
「やだやだやだやだやだやだやだやだ!!」
「どうして?あんなに外に行きたいって言ってたじゃない」
「嫌だ!我が輩ここに居たいのだ!」
「ネウロ…」
「なぜだヤコ?我が輩が悪い子どもだからか?だからこんなことをするのか?」
「そんなことないよ。ネウロはとってもいい子だもん」
「ではなぜ!?」
「時間…だからだよ。これからネウロは外に出て、いろんなことを勉強するんだよ。嬉しいこと、楽しいこと、つらいこと、悲しいこと、たくさんあると思うけど全部ネウロのためになるから…」
「我が輩が邪魔になったのか?」
「…どうして?」
「勉強ならここでする!もうわがままなんて言わないし意地悪もしない!だからヤコ、」
「ねぇ、ネウロは私のこと好き?」
「好きだ!ヤコが居れば何も要らない!」
「ありがとう」
「私もネウロのこと大好きだよ」
「だからね、サヨナラだよ」
私はネウロの小さな背中を軽く押し出した。彼の体は蹈鞴を踏んで魔法陣へ飛び込んだ。小さな爪先が紅い地面を踏むと、光る線は輝きを増し、ポッカリと奈落に導く穴が現れた。ネウロは空中で体を半回転させると、驚愕の目で私を見上げた。
私は、ちゃんと、笑えただろうか。

「ぅわああああああああっ!!」
ネウロは絶叫と共にその背に大きな翼を出現させた。私のとよく似た、七色に輝く闇色の翼。それはまだ幼い彼によく似合っている。
「おめでとうネウロ、綺麗だよ。すごく!」
しかしネウロは不満そうに唇を引き結んだまま、私を睨み付けた。
「来い!ヤコ!主人の命令に従え!」
「無理だよ」
「なぜ!?」
私は背中の翼を開いて見せた。ネウロが息を止めた。私は笑う。
「だってもう飛べないもん」
私の翼に羽根は無く、白い骨が軋る音を立てて寒そうに在るだけ。全部ネウロに還してしまった。そして、私自身も。
「楽しかったよ!バイバイ、ネウロ」
手を振るために右手を挙げると紅いリボンが絡みついた。強い力で引き摺られて穴の中に墜ちる。
「堕ちて来い、ヤコ」
光子が背中の細い骨に纏わりついて白い白い飛膜に変わった。
「なんで?」
リボンを手繰り寄せるネウロの腕に墜ちると、ネウロは私の首にしがみついた。
「奴隷は主人に付き従うものだ、愚か者」
「貴様が居ない世界でなど生きたくないのだ」
「貴様の居ないところで幸せになんてなれる訳がない!」
「ネウロ…」
「言うことを聞け!我が輩と一緒に生きろ!」
「無理、だよ。だって私はネウロの力の一部だもん」
「力が足りないなら我が輩がどうにかするから、勝手に消えるな、ヤコ。命令だ!これからもずっと一緒だと、死ぬまで我が輩のものだから守ってほしいと言え!」
「ネウロ…」
「ヤコ!」
「私も、ネウロと一緒にいたいよ」
「当然だ。貴様は永遠に我が輩のものなのだから」
「うん」
ネウロの翼がヤコをも覆い隠すと、2人は深淵へと堕ちていった。

片割れを鎮る為に成長を止めた胎児は、その片割れの手により急速に成長を速め、双児として世に生を受けるに至った。

(ああ。そうだった、かもしれないな)
ネウロは闇に浮かび上がった片割れの艶やかな肌を、この世の全てから隠すように深く抱き締めた。




fin.

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最近、某様のおかげで紫藍(桃兎)夕亜が定着しつつある妄想だだ流れの管理人。

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